赤い翼
トンカントンカンと金づちの音が響き、あちらこちらで指示や答える声が聞こえる。
ここは飛空艇の造船所だ。
そこの中心的存在が、飛空艇の開発者であり現在第一人者として活躍するシド=ポレンディーナだ。
「おい、そこ!何やっとるんじゃ!びしっとせんか!!」
「す、すんません親方!!」
注意が散漫になっていた部下を怒鳴りつけて、シドはふーっと深いため息をついた。
若い時に見つけた浮遊術の本。
これの研究を進め、誰も出来はしないと笑った天かける船・飛空艇を作り上げてから幾星霜。
ただ純粋に空への憧れと、生活や移動の利便を求めて開発した飛空艇は、
完成直後にあちらこちらから問い合わせが殺到した。
増産することでバロン国の空のみならず、
隣国との交易や定期便に活躍し、シドは自分の子供同然である飛空艇が人々を喜ばせることに満足したものだ。
ところが、そんな最新鋭の技術にバロン王が目をつけた。
従来から存在する軍船の武装を、飛空艇にもつけられないかと考えたのだ。
技術は生活を豊かにする夢であるべきという信条のシドは反対したが、
この命令に従わなければ国内で飛空艇を製造する許可を差し止めるといわれ、仕方なく従うことになった。
最初は国内でだめなら隣の国で作ってやるといきまいていたのだが、
始まったばかりの飛空艇製造はシド無しでは進まず、弟子達に懇願されて仕方なく条件を飲んだのだ。
とはいえ、今でも大事な飛空艇が兵器として使われることには大いに抵抗がある。
だが、今作っている飛空艇には罪はない。
それがわかっている彼は、望まぬ用途に使われるとわかっていても、今製造中のこの船に手を抜くことはなかった。
もっともそれ以前に、手を抜くなど彼の職人としての誇りが許さないに違いないが。
「ったく……。」
「親方、陛下はこんなものを作らせてどういうつもりなんですかね?」
「ふんっ、戦争でもする気としか思えんわい!」
「お、親方!」
「ガタガタ抜かすな!聞かれて牢屋行きがなんぼのもんじゃい!」
滅多な事を言ってくれるなと青くなる弟子を一喝して、シドは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
まったく、最近の若い者は骨がない。
同世代の中でも反骨精神が旺盛なシドと比べる方が酷なのだが、そういう考えには至らないようだ。
「わし抜きじゃ出来んことは、陛下だって知っとるはずじゃ。
お前らの分まで言っとると思ってほっといてくれんか!」
「もー、親方ったら……わかりましたよ。」
弟子の方が先に折れて、呆れながらも他に手が足りないところがないか探しに向かっていった。
その背中を見送ってから、シドはどっかりと甲板に腰を下ろして図面を眺めた。
武装したこの新型の飛空艇は、もう8割がた完成している。
後は、エンジンとプロペラの到着と調整を待つばかりと言ったところだ。
いよいよ作業も大詰めというわけで、機体を完璧な状態に仕上げるための調整が今は行われている。
いつもなら、完成間近で皆胸が躍る時期なのだが、今回ばかりは複雑な心境を誰もが隠せない。
自分達が作っているのは「兵器」なのだ。
人を殺すための物を作らされて、武器職人でもないものがどうして満足できるだろう。
先代では軽視されていた魔法の研究を始めさせ、
孤児や貧者への対策も推し進めていることで民衆の人気も高い王だが、結局この国は軍事国家。
優れた技術を発展させながら、同時に高い武力を保つことで成り立っている国なのだ。
国というものは、国土を守り、あるいは広げるための力を欲する。
昔から軍事技術が時代の先端技術を有しているのは、それに深い縁があるのだ。
そしてやがてそれが民間に転用され、一般大衆にも利益をもたらす。
シドも、その歴史は否定できないと知っていた。
飛空艇に関しては順序が逆で、民間から軍用という流れをたどっているわけだが、
いずれにせよ先端技術が軍事目的に使われるという大筋に変化はない。
「セシルを試作機に乗せてた頃が懐かしいのー……。」
まだ小さかったセシルの世話係のメイドと知り合いだったシドは、その縁でよく会っていた。
幼い子供の溢れる好奇心で、飛空艇にも興味津々だった彼が来た日は、シドにとっても楽しい時間だったものだ。
飛空艇が出来たら一番に乗せてねと、お願いしてきたこともあった。
「親方、そろそろ休憩にしませんか?」
「ん?あ〜、もうそんな時間か。」
時計を見れば、もう昼をとっくに過ぎていた。
エンジンとプロペラの調整時にはトラブルがつき物だから、
できるだけ作業日程を詰めてという方針にしても、そろそろ休憩は必要だ。
疲れた心と体で作業をしても、ミスばかりで非効率になってくる。
大体、腹が減っては戦が出来ない。
「おーいお前ら、昼にするぞーーーー!!!」
造船所中に響くシドの号令を合図に、作業中の弟子達はキリのいいところで手を止めて続々と昼休みに入った。
娘が昼の弁当にと持たせてくれた、黒パンのサンドイッチをガツガツと豪快に食べる。
体を使う仕事だから、同じ年の一般人の倍は食べているだろうか。
それでも、小柄ながら筋骨隆々で戦士と見まごう立派な体は、衰えどころかたるみ知らずだ。
合間に、やはり娘が持たせてくれた水筒の水を飲みながら、あっという間に食べきってしまった。
「ふーっ、食った食った。」
腹いっぱいになって機嫌も少し直ったシドの周りでも、
若い衆が母親や妻から持たされた弁当を豪快にほおばっている。
養豚場の昼飯みたいじゃのと、いささかひどい例えをこっそりしながら、午後の作業の段取りを頭の中でおさらいし始めた。
今日は順調なので、ここのところ遅くなりがちだった作業を早めに切り上げてもいいかもしれない。
最後の踏ん張りどころに備えて、少し英気を養ってもらうのも悪くはなさそうだ。
「おーいお前らー、今日はさっさと済ませてとっとと帰るぞーい!!」
『うーっす!』
造船所のあちこちから返ってきた返事が、製造中の飛空艇を潰さんばかりによく響く。
弟子達は何でこんな時ばっかり返事の声がでかいんだと思ったが、
今は許してやってもいいかと思い、シドはあえて深い追及をしないでやることにした。
弟子達が帰った後。
一人造船所に残ったシドは、作業場の片隅の壁にある扁平な金属の蓋を開け、スイッチを押した。
ゴウゥンと地響きのような音を立てて、仕掛けが作動して隠し階段が現れる。
王も知らない秘密の場所だ。
「最近ほったらかしだったからの、エンタープライズ号がすねるといかん。」
階段を下りていくと、以前秘密の研究をするために弟子達とこっそり通路まで掘って繋げた秘密の造船所にたどり着く。
本来は製造段階の技術が漏れないように作った場所だが、今はシドが極秘に開発中の飛空艇が眠る場所となっている。
本当はこの部屋もバロン王に公開していいはずだが、
王が軍事に飛空艇を使うと公言した段階で、シドはそれをやめた。
もちろん、黙ってこんな事をしているとばれたら何を言われるか分からないが、シドはそんな事を恐れる人間ではない。
「ふふん、ちょっとした意趣返しじゃい。
お前は自由に空を飛べる日まで、出来上がってもここに待機しとらんといかんからな。」
まるで子供に言い聞かせるように、作りかけの飛空艇に呼びかけた。
今製造中の飛空艇を越える飛空艇として、シドが思いつく限りの最高の技術と理論をつぎ込んだ汗と知恵の結晶。
これが国の思惑に振り回されずに自由に飛ぶ日を、シドは何よりも願っている。
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出先でのんびり書いてたネタ。シドですよ。
赤い翼から飛空艇を連想した結果、飛空艇ならこの人だろうと。
バロン王はいい王様だったそうなんで、シドも飛空艇を軍事利用するって言うまではきっと心から尊敬してたと思います。
でも、軍事利用するって宣言した時はすごくがっかりしたんじゃないかなとか。
そういえば設定資料だと、シドは小さいセシルと面識があるんですよね。
ローザとかカインの事も知ってるのかなとかちょっと気になります。